撮影コーディネーション体験記(その1)
<撮影コーディネーション体験記(その1)>
現在、東京にあるテレビ映像制作会社が取り組んでいる自然番組の撮影と取材を手伝っています。
私は一部の現場同行(昨年12月のブラッケンデールでの撮影コーディネーション、研究者との面会取材、調査船に乗り込んでの撮影)以外は主に事務所で撮影クルーの日程調整、研究者との取材の打ち合わせ、撮影の許可取り、機材レンタルの手配などの裏方を担当しているのですが、今回はその中の愉しい話をしてみましょう。
昨年(2001年)12月中旬から今年の11月中旬まで足かけ一年、延べ90日にわたるハイビジョンカメラで撮影されたものは、2003年1月13日(月曜日)NHK総合テレビ「地球・不思議大自然スペシャル」として放送予定になっています。
今回のテーマはカナダ西海岸の豊かな森です。
地球上の養分の流れは一般的に陸地から海へと考えられています。ただし例外的に海から陸への還流もあるのです。海の養分で育ったサケは生まれた川に産卵のために戻ってきます。このサケをクマが森に運び、食べ残しが森の樹木を豊かにしているのです。ビクトリア大学のライムケン博士がクィーンシャーロット島のバグハーバーで数年前に行った研究結果によると1年間にクマが森に運ぶサケは約700匹(約2,000kg)にもなります。この中ほぼ50%(約1,000kg)が食べ残され森に捨てられます。バグハーバーの森には1ヘクタール当たり約4,000kgのサケの死骸が残されています。この死骸をクマ以外の哺乳類や鳥、昆虫が食べ、さらに残ったものが分解され森の樹木に養分として吸収されることになります。サケの死骸には約3%の窒素が含まれます。クマは大きなサケなら川から150mも離れたところまで運んでから食べることもあります。さらにクマの行動範囲はそれよりも遠くになるのでその糞と尿によってもたらされる養分はさらに川から遠く離れた樹木の成長にも貢献しているわけです。サケが遡上しクマがいる川の両岸はそうでないところと比べ木の生育が早いことは以前から知られていました。同教授は各地のトウヒ(NOOTKA SPRUCE)といわれる針葉樹の幹から採り出した木のサンプルに含まれる窒素の同位元素を調べ、海からの養分がどの割合で木の成長に貢献しているかを研究しています。空気中に含まれる窒素は、ほとんどがN14ですが、海水中の窒素には1,000対3という僅かな割合ですがN15が含まれます。トウヒに穴を開けて採りだした木を乾燥させ粉末にし、特殊な機械でイオン化させて曲げた管の中を飛ばし、面に当てます。ニュートロンの一つの差分だけ重いN15はN14より曲がり方が鈍く当たる場所が微妙に異なります。この当たり所の違いによって判るN14とN15の数を調べるのです。それが1,000対3の割合であれば、この木に含まれる窒素はほぼ100%海からの養分によってもたらされていることの証明になります。同博士の調査結果によると、サケが遡上し、クマがいる森では川から遠ざかるほど、海からもたらされる窒素の割合が少なくなっています。このようにサケとクマは森林を豊かにする上で大きな役目を果たしているのです。逆にクリアーカットによって木が伐採されると、泥が川に流れ込みサケの産卵に適した清流が失われてしまいます。サケの受精卵が孵化するには酸素を豊富に含んだ水(理想的には伏流水が湧きだしているようなところ)が必要なので、サケは川底に小石が混じった浅い小川を産卵場所として選びます。これが泥に埋もれてしまうと酸素のない川底になってしまうので卵は産卵されても孵らないのです。
カナダの西海岸には豊かな自然が残されています。北米随一のスキーリゾートとして知られ、2010年の冬季五輪の開催地として立候補しているウィスラーとバンクーバーの中間地点にあるブラッケンデール(林業の町で知られるスクォーミッシュの北隣りの町)には12月中旬から1月中旬にかけて3,000羽を越えるハクトウワシが集まります。11月中旬から産卵にやってくるシロザケの死骸がこの町を流れる川の河原にたくさん打ち上げられ、他ではエサの採れないハクトウワシがこれを目当てに各地から集まってくるのです。フレーザー川にもシロザケはたくさん上がってくるのですが、河原がないと折角のシロザケの死骸が深い川の中に沈んでしまったり、河原があっても打ち上げられたサケが増水した川に流されてしまったりで寒く雨がちの冬の間、動きの鈍ってしまったハクトウワシのエサになりません。さまざまな要因がこの時期ハクトウワシをブラッケンデールに集めているのです。
まず、12月はブラッケンデールに産卵のため遡上するサケの撮影とハクトウワシが集まるこの町の景色の撮影から始まりました。カナダBC州の西海岸は暖流が流れているので、平野部には雪がめったに降らず、温帯降雨林が広がるという構成だったのですが、撮影クルーが到着した夜から雪が降り始め、これが数日間続いたため、撮影予定地一帯は一面雪景色になってしまい最初から予想もしなかった展開になりました。撮影クルーは12月に2週間、年明けの1月に3週間、計5週間も滞在したのですが、この間天候には恵まれませんでした。雨とどんよりとした曇りの日が続きハイビジョンの撮影に必要な明るさが足りなかったり、折角晴れの日が続き始めたのでヘリコプターを予約し、氷河地形とブラッケンデールの上空の空撮を予定していた日に雨に降られたりでなかなか思った撮影が進まず撮影クルーは苦労のしどおしでした。
ビクトリア大学でライムケン博士に研究内容について質問した上で秋の調査に同行させていただくことを了承してもらったり、ブリティッシュコロンビア大学にマイケル・ヒーリー博士を訪ねたりと撮影以外のところではまずまず順調に行きました。
秋以降の撮影のお話しは次回にまわします。
川 端 雅 章
(バンクーバー支部幹事)
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