撮影コーディネーション体験記(その2)

9月中旬から10月下旬にかけての6週間の撮影は、アラスカ州ハイダーとの国境の町ステュワートで、グリズリーベアーと大きく蛇行するサーモン氷河からのスタートです。成田から到着したディレクターの吉田さん、カメラマンの渡邊さんに、ロケ・コーディネーターの伊藤さんがバンクーバーで加わり3名になった撮影クルーは、その日のうちにスミザースに飛びました。グリズリーの映像はすぐ撮れたのですが、またまた雨にたたられ、クルーは氷河の撮影に苦労します。帰りのフライトが天候不良でキャンセルになったこともあり、当初の予定から2日遅れてクルーがやっとバンクーバーに戻ってきました。

翌日、私も加わり4名になった撮影クルーとライムケン博士の弟子でナチュラリストのニック君は、バンクーバー空港の南ターミナルから出るフライトで、太平洋岸にある小さな島、デニー島のベラベラに向かいました。途中バンクーバー島北端の町、ポートハーディーでライムケン博士の研究調査チーム一行4名が同じフライトに乗り込んできて9名が揃いました。グリブル島などのBC州ミッドコースト地域に生息するブラックベアーの亜種と博士が木からサンプルを採集するシーンなどの撮影、夕食後の空いた時間に博士の研究内容についての話をうかがうのが今回の目的です。ライムケン博士がいつも研究調査に使っている船にベラベラから乗り込むと、後はずっと船内で泊まり込みです。2名の船のクルー(船長のマイケルさんと料理担当の女性ジェニーさん)を入れて総勢11名で7泊8日(後述のちょっとしたハプニングから延泊することになるのですが)の合宿です。いったん出港すると給水をするところが航路にないので、水を大切に使いながらの旅なのです。初日、博士からのブリーフィングで、どうしても必要な時以外はシャワーを我慢するようにといわれたので、自称『遠慮の川端』の私は、シャワーに入ったのは川沿いの急斜面の森を何度も上り下りし髪の毛がクチャクチャになった日だけでした。

撮影機材、食料、水などの積み込み後、まずは船が出港するシーンから撮影を開始。撮影途中で、教会から坂を下りてきた先住民の葬列が小舟に乗り込んで港を一周するのを待ったりしたので、予定より少し遅れてベラベラを出発。

港の一番狭いところを通過したところで、船のもう1名の乗員シャドー(船長のマイケルさんが飼っているメス犬)が激しくほえ始める。マイケルさんが「クジラだ!」と叫ぶ。双眼鏡で見ると、我々の進行方向の遠くに潮を吹いているクジラの背中が見え隠れしている。こちらに向かっているので、船が進むとクジラとの距離がどんどん近づく。何度か潮吹き、背中を見せることの繰り返しの後、テールを見せてダイブ。数分後にまた姿を見せてくれる。また出た!今度は近い!もう身体の色も背びれの形もはっきり見える。ザトウクジラだ!肉眼でもはっきり見える。出だしからすごいスペクタクル!今回は撮影がうまくいきそう。

船は北に向かって夜を徹して走り、夜明けにはプリンセス・ロイヤル島のカヌーナに到着。ここは川が河口でゆるやかな滝になって海に流れ込んでいるところです。白いクマが急流をジャンプするサケを口にくわえるシーンをテレビで見たこと、ありませんか?それはここで撮られているのです。最後の氷河期の終わりに大陸から切り離されたこの島にはカーモーディベアーと呼ばれるブラックベアーの亜種が生息しています。そしてこの島では、そのうちの約10%が白色型であることが知られています。しかし船からはクマの姿が見えません。滝の上は船からでは見えないので、ライムケン博士、ブリストルさん、ニック君、伊藤さんが島に上陸。暫くして戻ってくるが、白どころか黒さえもいないとのこと。残念!

さらに北に向かうこと4時間、グリブル島に到着。この島にはなんと4頭に1頭の割合で白い型のクマがいるという。全員上陸し川づたいに上流へと歩く。博士一行が木や植物のサンプルを採集している間、我々はクマの出そうな小川の中にある大きな岩の上で撮影準備。クマが出てもこの岩には上がってこられそうにないので、ここなら大丈夫。4人で周囲を見ているが何も出ない。雑談中ふと後ろを振り返るとそこに黒いクマが出ている。私のいるところから5メートルと離れていない。「目の前、目の前、クマが出ている!」と私。渡邊さん、慌てずカメラをゆっくり回し始める。ここはサケが豊富でエサが獲りやすいせいか毛づやがいい。身体も大きい。

サンプルの採集を終えた博士一行が戻ってきたので、ライムケン研究室のダン・クリンカ君達がクマの観察をしているところに移動。彼らの観察場所は大きな倒木が橋のようになって川にかかっているところです。その倒木の下をクマがすり抜けて通ると背中が木の下部でこすれ、毛のサンプルが採れるのです。彼らはこの観察場所のすぐ近くにテントを張って生活しています。テントの周囲にはクマが触れると感電する電線が張り巡らしてあるのですが、それにしても、いい度胸をしているなあと、感心。

ここでカメラマンとディレクターは、先住民のガイドがクマの撮影用に作った二階建てのタワーの上で、クマの出現を待ちます。まず黒いクマが上流から現れた。サケをバシャバシャ追いかけるが、なかなか掴まえられない。どんどんタワーに近づいてくる。やっとサケを掴まえた。岩の上に前脚を載せサケを食べはじめる。ウーン、前にどこかのテレビで見たシーンだ。

食べ終えたクマがタワーの前を歩いている。タワーの真下の川岸にはライムケン博士が腰をかけている。クマはもう博士の目の前にまで来ている。なのに平然としている。とうとうクマは博士の足に身体をすりつけるようにしてやって来た。足を上げてよけるかなと思った瞬間、博士は左手に持っていた使い捨てカメラでクマの顔をパチリ。なんと・・・・・。クマが襲ってきて眼前にまで迫ったら、クマの眼に向けて発射するスプレーを我々全員持ってはいるが、博士はクマが近くにきても、スプレーは右手にだらりと持ったままで、なんともない顔をしている。その後、何頭か黒いクマが出てきては、素晴らしいサケ獲りのシーンを見せてくれる。

この観察場所の近くにトイレはありません。おしっこがしたくなるとタワーから相当遠く離れたところの小川まで行ってするのですが、その間無防備になるので誰かに後ろを見張ってもらって用を足します。ヒトのにおいを残さないように、流れている水の中にしなければならないのです。お手数をおかけしすみませんが、とお願いして付き添ってもらってする、おしっこは妙な気分です。

何頭か黒いクマが現れた後、とうとう下流から待望の白いクマが現れた。大きい。クリーム色の背中にちょっとオレンジ色が混じっている。サケを追い回しながら近づいてくる。倒木の下を通ってタワーの下に来てくれたら、と祈るが、その手前で川向こうの茂みに消えてしまう。暫くしてまた白いクマが下流から現れる。オレンジ色が薄いように思う。どうも前に出たクマとは別のようだ。今度もゆっっくりとした動きでじっくり姿を見せてくれる。すごい。きょうは最高!

船に戻らないといけない時間になってしまった。これを過ぎると帰り道が真っ暗になってしまう。博士一行は先に出発。我々4人は撮影機材を片づけてもと来た道をもどる。スプレーの安全弁をはずし右手に持ち、歌を唱いながら歩く。“ある~日、森の中。クマさんに出会った・・・。” 出会いたくない!撮影時には出てきてほしいが、ここでは出会いたくない。“クマさん、出ないでよ~”と大声で云いながら歩く。遠い。本当にこの道だったかな?と不安になる。どんどん暗くなってくる。こんなところを通りましたっけ?と、吉田さん。先頭の伊藤さん、だんだん自信がなくなってくる。見えた!やっと海が。

川端 雅章 (バンクーバー支部幹事)

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