撮影コーディネーション体験記(その3)
次の目的地はニーカスインレット。今回の撮影期間中はウェーダーと呼ばれる胸までカバーされている長靴を全員が着ています。そうです、釣り人が着ているあれです。ここでは入江にそそぐ川を滝のあるところまで行っての撮影です。川の両岸が切り立っていて歩けないところは川に入ります。我々が訪れた9月下旬、川はサケであふれかえっていて、一歩踏み出す度に足にぶつかるカラフトマスとシロザケを踏みつけないように歩くのが大変なくらいです。4キロ歩いてやっと滝に着いた。ここでは滝の上でサンプルの採集をしに出かけてゆく博士の撮影です。滝の右側には少しましな道があるが、木に遮られて登る姿が撮影できない。博士に無理をお願いする 滝の左側の切り立った崖を博士が登ってゆく。速い。撮影は博士が滝の上に姿を消すところまで続くが、あっという間に終わってしまう。博士のあとをニック君、二人の女性ボランティア(クリスタさんとクィーンシャーロット島で生まれ育ったハンナさん)、ブリストルさんが続く。彼らの仕事は滝の上の植物採集です。の下でも同種のものを採集し、それぞれをZIPLOCKの袋に入れる。サケは滝の上にはあがれないので、採集したサンプルから検出される窒素によって、それぞれにどの程度サケからもたらされた養分が含まれているかを調べるのです。
帰り道、川から15メートルくらい上にあるクマの穴を博士が見つける。「写真を撮りたいので、マサアキ、ちょっとあそこまで行ってくれないか?」と云われ、登りかける。湿った土に苔がついた急斜面なので、少し上がっては、ずり落ちそうになる。皆が見ている前なので、「上がれませんでした。」と帰ってくるわけにはいかない。なんとか木の根っこで身体をささえながら穴までたどり着くと、「そこでこっちを向いて立ち上がって!」と博士の声。降りてきてから「ありがとう。クマの穴だけ撮ったのでは、大きさが判らないから、入口の前に誰か立ってほしかったんだ。」と博士に説明を受け、やっと納得。でも、なんで、この私が・・・。
翌朝、同じ滝のところで撮影。今度は川岸近くと、川から離れたところにあるトウヒの木から木のサンプルを採るライムケン博士のシーン。撮影クルーが川のサケを撮影している間、とりあえず先発隊として博士と私が苔むした降雨林の急斜面を登る。ちょっと油断すると姿が見えなくなるくらい博士は速い。途中、博士がまたクマの穴をみつける。木の根方にある大きな穴だ。中も相当広い。丸い鹿の糞がたくさんある。鹿もここを使っているのかな?
次はクラッツェ川に移動。ここでも河口から2キロ上流の滝まで行き、川岸から20メートルほど上がったところの木の根方にある、クマのプラットフォーム(周囲を見ながらエサを食べる場所)の撮影。ここは見晴らしが良く下の川もよく見える。クマが食べ残し腐りかけたサケを博士が木の枝を使って動かすと、サケを食べている甲虫が這い出てくる。博士一行は昼食後、サンプル採集で別行動。我々はこのプラットフォームの近くでさらに撮影を続ける。
滝壺の前で昼食をすませ片づけをしていたら、滝の下流にクマが出た。サケを獲って倒木の上に載せ、食べはじめる。茂みに消えたクマを暫く待っていたら、今度は2頭の小熊を連れた母熊が出てくる。母熊がバシャバシャ音をたてながらサケを追い回して獲ったシロザケを小熊に与える。クマの撮影を続けているカメラマンのそばで、私は時折うしろを振り返りながら他のクマが我々の背後にいないか気をつけるのですが、この親子のクマ達が出てきた時はすっかり忘れていました。あ、それからクマの写真が一枚もないことの言い訳です。息をつめてクマの撮影をしているカメラマンの横ではとても自分の個人的写真は撮れません。チャンスはいくらでもあったのですが、なんといっても自称『遠慮の・・』ですから。
ライムケン博士の一行には教授が研究生活に入った時期のメンターだったフォスター博士も加わっていました。バンクーバーとビクトリアの間にあるソルトスプリングス島で仙人のような暮らしをしている現役のフィールドナチュラリストですが、華麗な経歴の持ち主です。ケニア、ナイロビ大学の野生動植物環境学部大学院の学部長、ロイヤルBC(ブリティッシュコロンビア)州立博物館の館長、BC州環境保護プログラムのトップ(どちらもBC州政府の高級官僚)などが主なものです。しかし現場が好きな博士はこれらの顕職をなげうち、自ら撮影したビデオ・写真の映像の販売などで収入を得ながら、NPOの環境保護団体のボランティアワークをしているのです。我々が親愛の意味を込めてブリストルさんと呼んだ博士の日焼けした白髯の顔はフィールドで鍛えられたナチュラリストの持つ輝きにあふれています。経歴からして70歳はとっくに越えているのではないかと推測するのですが、自分が使う撮影用のビデオ機材を担ぎながら歩くスピードは我々がついていけないほどの速さです。我々の撮影にずっと付き合ってくれ、毎食事どきに生のニンニクをかじりながら自然界の面白い話をしてくれました。
撮影は早朝から日暮れまでの重労働ですが、一番の楽しみは夕食どきです。立ち寄る島々では各フィールドの調査・研究をしている博士の研究室の大学院生も乗り込んできて船内で賑やかな夕食が始まります。学生の調査結果と、ライムケン博士、ブリストルさんから森の食物連鎖や哺乳類、鳥類の進化についての話が聞けるのです。まるでビクトリア大学のライムケン研究室に入れてもらったような感じです。ニーカスでは学生が持ち込んだギターで懐かしのサイモンとガーファンクルのナンバーのハーモニーを一緒に愉しんだりで、30年ぶりに学生に戻ったような気分になりました。
川端 雅章 (バンクーバー支部幹事)
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